突然の桃ジャケ!

小林克也 & ザ・ナンバーワン・バンド”うわさのカム・トゥ・ハワイ”
(INVITATION/JPN 7″/VIHX-1577)
A-1 うわさのカム・トゥ・ハワイ
B-1 ザ・ナンバーワン・バンドのテーマ
“咲坂と桃内のごきげんいかが1・2・3″の本流血統と言えるラップ歌謡の傑作!
伊武雅之、桑原茂一と共にスネークマンショー(SNAKEMAN SHOW)として、日本語ラップの祖とされることもある古典的クラシック”咲坂と桃内のごきげんいかが1・2・3″を産み落とした小林克也が、同時期のスネークマンショー脱退前から「ラップを本気でやりたくて」結成したというバンド、小林克也 & ザ・ナンバーワン・バンドによる82年(昭和57年)の一曲。
スネークマンショー”咲坂と桃内のごきげんいかが1・2・3″では咲坂守としてラップした小林克也は、今回は軽快なビートに乗ってバッキー小林という新たなアルターエゴ、ハワイ在住の日系3世を熱演。
チャラけた調子でラップしてたかと思ったら、3ヴァース目に不意に忍ばせた「ジャパンのの、真珠湾の、攻撃だったんじゃ」というパールハーバー事件に触れるラインと、フックで繰り返される「わしらはみんなヒロシマじゃけん」で、薄ぼんやり背景が見えてくる感じ。
全体として明確なメッセージがあるわけじゃないけど、心にちょっとした引っかかりを残す感じは、正に社会風刺を得意としたスネークマンショー的なやり口かと。
折角なので、引用するのは日本人の心を少しだけザワつかせる3ヴァース目にしておきます。
あの日はの、悪夢じゃの
小林克也 & ザ・ナンバーワン・バンド”うわさのカム・トゥ・ハワイ”(3VERSE)
ベリー・ベリー・ソーリー
わしらはの、その時の
何にもアイ・ドント・ノー
メニーメニー・エアプレイン
日の丸エアプレイン
ジャパンのの、真珠湾の、攻撃だったんじゃ
その夜の、わしらはの、ふとんで泣いたんじゃ
ハワイは平和なアイランド、フラワーアイランド
ブーゲンビリア、ハイビスカス
プリティ、ジンジャーレイ、ヘイ
ハイナ・イワマイ・アナ・カプ・アナー
カタカナ表記なので分かりにくいですが、最後のハワイ語「ハイナ・イワマイ・アナ・カプ・アナー」は、ハワイアンの常套句で「これが最後のコーラスですよ」という意味だそうで。
単純にハワイっぽい単語(名詞)を並べて、常套句で締めてるだけなのでそこにあまり深い意味は無い模様。
明確な韻などもやはりありませんが、広島弁特有の語尾の「の」や「じゃけん」等が反復されることで(意識的なものだったのか無意識的なものだったのかは分かりませんが)それに近い効果は出ていて。
まだ早口言葉の延長線上にあった”咲坂と桃内のごきげんいかが1・2・3″のリリックと比べると、1年でよりラップ/ヒップホップ的なそれに近づいていることは間違いありません。
ハワイ在住の日系3世という設定ゆえ、自然と横文字も多いこともあって、聞こえもそれらしいものになっているような。
“咲坂と桃内のごきげんいかが1・2・3″をある意味ではもう一歩ラップ的に押し進めた一曲でありながら、クラシックとしての認知がいまいち低いかと言われたらYMO絡みではなく小林克也の単独犯であることだったり、聞こえとしても一聴してコミックソング的過ぎるため、かも。
もう少しシリアスなムード、もしくは純コミックソング的な偽装がもっと雑であれば、後世の評価は少し違っていたかと思ったり。
スネークマンショー”咲坂と桃内のごきげんいかが1・2・3″の(スーパー・エキセントリック・シアター”BEAT THE RAP”以上の)主流血統であろうことは間違いありませんが、いくつかの歯車が少しずつズレてしまってたが故に、日本語ラップの系譜からはやや距離を感じる一曲になってしまった気がします。
やはり、こちらとセットで語られるべき一曲でしょうか。



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