
表紙 – スチャダラパー
スチャダラパー(若い!)の表紙が眩しい、98年11月号。
大前至/古川耕のライター同士の座談会的スチャダラ・トークを読んで改めて感じるのは、FRONT誌がアンダーグラウンド日本語ラップをバックアップするにあたって、分かりやすい仮想敵との対立構造があった方が何かとやりやすかったということでしょうか。
例えば、LAMP EYE”証言”でYOU THE ROCKがディスっている(「スチャダラダラした目から見たものの~」)のが象徴的だけど、そのアンダーグラウンド日本語ラップを迎え撃つ好敵手として祭り上げられたのがスチャダラパーだったんだな、と。
確かに、”DA.YO.NE”のミリオンヒットが94年、続く翌年の”MAICCA”、”いい感じ やな感じ”以降はコンスタントにヒットが出ず、世間的には一発屋的なイメージのEAST END×YURIよりも、同じく94年に50万枚以上のヒットとなった小沢健二との”今夜はブギー・バック”の前後も、安定してメジャーに在籍しながらキャリアを重ねていたスチャダラパーの方がライバルとしては相応しかった、と言うか当時はそんな存在は彼等以外に居なかったわけで。
敵も相応に強くないと、張り合いがないし。
で、(FRONT的に)晴れてその任を解かれたタイミングが98年の「FUN-KEY」だった、みたいな。
ここぞとばかりに、「スチャダラパーは変わった」的な論調が埋め尽くされる本誌ですが、その予兆は(実質的にBUBBLEGUM BROTHERSをサブリミナルでディスした”B-BOYブンガク”で幕開ける)前作「5TH WHEEL 2 THE COACH」からすでに在って(実際、座談会で古川耕も指摘しているけど)、明らかに「FUN-KEY」一枚で起こった進化ではないということは、今にして振り返ったとて改めて言っておきたいですな。
まあ、オモロラップ的な、作品として分かりやすく一曲まるごとコントっぽい楽曲が無くなったタイミングが「FUN-KEY」だったことは間違いないけど、
それを前菜代わりに雪崩れ込む、本編のスチャダラパーのインタビュー内容がまた濃ゆい!
特集 – R&Bお宝リミックス
特集は「R&Bお宝リミックス」で、90年代の(主にプロモのみの)レアなREMIXを66枚選盤。
5段階の星で評価されてて、一時はそれなりのお値段で取引されていたSHADES”TELL ME”(CLARK KENT VERSION)辺りが満点だったりします。
当時、この辺のR&B絡みの特集はあんまり熱心に読んでなかったな…と思い出しながら少し反省。
DEV-LARGE連載 – THE WORLD OF BUDDHA BRAND
DEV-LARGEの連載コラム「THE WORLD OF BUDDHA BRAND(COREすぎるコワすぎるズルリとムケた男の世界)」での本号のロゴはこんな感じ。
もちろん、GURUのILL KID RECORDSのロゴをアレしたやつ。

裏表紙はこんな感じ、MURO”HAN-TOME”(BOA-VIAGEM REMIX)の12″の広告!
MUROの自主レーベルのINCREDIBLE RECORDSからのリリースながら、ディストリビューションがレキシントン(=MANHATTAN RECORDS)とあるので、そっち側で広告費を持った感じっぽい。


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