吉幾三”俺ら東京さ行ぐだ~” – 日本語ラップ以前【1】

おおよそ日本語ラップと呼ばれるものの源流を、例えば、いとうせいこう & TINNIE PUNX「建設的」(86年)だとするなら、それ以前に国内で発表されたラップという表現フォームは、正しく「日本語ラップ以前」と呼んでいいと考えています。
旧ブログでもやってた内容をリブート、内容を見直して、よりリッチに再編成しています。

吉幾三_俺ら東京さ行ぐだ

吉幾三”俺ら東京さ行ぐだ~”
(CATS TOWN/JPN 7″/CTS-2003)

A-1 俺ら東京さ行ぐだ~
B-1 故郷

かのHUNGER”JAPPCATS”のシャウトに、トリで滑り込んだことでもお馴染みのはず。

2:39~

HUNGERも”JAPPCATS”でシャウトした、ラップ歌謡の始祖的一曲!

84年(昭和59年)、まだまだラップ自体が認知すらされていなかったであろう時勢で、これがフレッシュに響いたのか、それとも滑稽だったのか。
ラップというフォーム云々よりも、当時は自虐がかった歌詞の方が注目されたみたいで、歌じゃないから特段どう、みたいなことはなかった模様。

MICROPHONE PAGERが、かの”改正開始”(93年のV.A.「REAL TIME COMPACT VOL.1」が初出)で「お笑い臭いイメージを無くそう」と歌ったことを例に挙げずとも、黎明期の日本語ラップ作品にはサッカーMCモノで、チャラいラップやお笑いラップ(ギャグラップ)を仮想敵にしていたハードコアな楽曲が多かったですが、HUNGER”JAPPCATS”でシャウトされたから言うわけじゃなく、店主はぜんぜん肯定的だったりします。
ただ、この辺をどう捉えるか=受け入れられるかが、その人の言わば日本語ラップ史観を大きく左右するような気がするんで、そんな意味では踏み絵的一曲と言えるかもしれません。

ラップ(風)パートのみ抜粋すると、こんな感じ。

テレビも無え、ラジオも無え
車もそれほど走ってねえ
ピアノも無え、バーも無え
お巡り毎日ぐーるぐる
朝起きて、牛連れて
2時間ちょっとの散歩道
電話も無え、ガスも無え
バスは一日一度来る

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ギターも無え、ステレオ無え
生まれてこのかた見だごとあねえ
喫茶も無え、集いも無え
まったぐ若者ぁ俺一人
婆さんと、爺さんと
数珠を握って空拝む
楽屋無え、映画も無え
たまに来るのは紙芝居

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デスコも無え、のぞきも無え
レーダーディスクは何者だ?
カラオケはあるけれど
かける機械を見だごとぁねえ
新聞無え、雑誌も無え
たまに来るのは回覧板
信号無え、ある訳ねえ
俺等の村には電気が無え

吉幾三”俺ら東京さ行くだ”(RAP VERSE)

文末の「ねぇ」を重ねてくる感じを韻風に捉えればラップ的な響きに思えるけど、まあ内容的にはコミックソングど真ん中なんで、これをギャグラップの延長線と考えられるかどうか…!

ちなみに、2011年に元・光GENJIの諸星和己が2010年代の感覚でアンサーソング”俺らなんにもね~”を発表していたのは、意外と知られていないかも(知らなくてもいいけど)。

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